私が見た火災現場−−くまえり懲役10年に思う
2007.04.09 Mon
実は、この事件がメディアを賑わわせていた頃、家の近くでも大きな火事がありました。その時は駅から家に帰る途中で、自宅の方向で火事があったということもあり、火元がどこなのか気になって、煙の上がっている方角へ自転車を走らせました。
正直言って、自分の家に直接の被害が及ばない場所だったので、安心したのは事実です。でも、火元に近づくに連れて火の手が間近に迫ってきて、なんともいえない気持ちになりました。大変不謹慎ですが、「こういう状況で、くまえりは携帯のカメラを持ち出したのか」と思い浮かんだのも事実です。
しかし、火事かどうかは兎も角、携帯のカメラは少し離れていると、思ったようには写らないのは、皆さんも経験されていると思います。ましてや、燃えさかる炎がはっきり分かるようなアングルを見つけて、ネット上でひと目火事だと分かるような映像を撮れるなんて、かなり不自然だなぁと思いました。
嬉々とするかどうかは兎も角、火を見て興奮してしまうのは理解できない訳ではありません。しかし、火の手が見える遥か以前に、きな臭いにおいが徐々に強まり、やがて煙が目や喉を刺激します。炎が見えるようになるのは、そうしたにおいを感知したずっと後のことで、しかも、火の勢いが強かったり、現場に近づけば近づくほど、そうした刺激が強まるでしょうから、くまえりがアップしたような火災現場の動画を撮影する時の彼女の置かれた状況が、今ひとつ想像できません。少なくとも、私が見たくまえりのブログには、燃えさかる炎と野次馬の大騒ぎのことばかりが書かれていて、火事の現場にいれば決して快適とは思えないような煙や臭気の刺激や苦痛が触れられていませんでしたから、私には不思議に思えます。
いざ火災が起ると、消防も警察も対応に動き、消火活動と火災現場の保全のために現場付近に規制線を張って、物々しくて重い空気が現場を支配すると感じました。それだけに、この様子を見て嬉々としていられる放火魔の心境に、私は付いていけないと思いました。









